2018年10月25日木曜日

フットサルドイツ代表、ヒロサワ選手のインタビューを訳してみる

明日10月26日金曜日に、Castello Düsseldorfにて日本代表と対戦するフットサルドイツ代表。DFB.deに掲載されている、ジロウ・ヒロサワ選手へのインタビューを訳してみました。お父様が日本の方だそうです。この試合への特別な想いを語ってくれています。
インタビュアーはVincent Reinke、2018年10月25日に公開されました。元の記事へのリンク
FUSSBALL.DEにも同じ記事が掲載されています。

HIROSAWA VOR JAPAN-DUELL: "WIRD EMOTIONAL"

日本戦を控えるヒロサワ選手、「心を揺さぶられる試合になる」

2019年の1月から始まるワールドカップ予選に向けて、ドイツフットサル代表はフル回転で準備を行っています。ジョージアとのテストマッチを9月に行い、次は日本と対戦します。日本はAFCフットサル選手権2018で準優勝しており、金曜日(17時より、Sport1にて生中継)、Castello Düssseldorfで行われる試合はマルセル・ルースフェルト監督率いる代表チームにとって、実力を示すための試練の試合となります。そしてジロウ・ヒロサワ選手にとっては特別なものに。

フットサル・パンターズ・ケルンに所属するヒロサワ選手の代表としての4試合目は、自身の父親が生まれた日本戦。Vincent Reinkeとのインタビューにて、日本のビルの屋上でフットサルをプレーしたこと、彼のフットサル熱、そして日本戦を目の前にしての期待や興奮を語ってくれました。

DFB: ヒロサワ選手、日本との試合をとても楽しみにされていると思います。
ヒロサワ: ものすごく楽しみにしています。私にとってはもちろん、「普通の1試合」ではありません。日本に対しては特別な繋がりを抱いていますから。父は日本出身ですし、私も日本語を勉強しているところで、日本にも何ヶ月か住んでいたことがあります。当然、そういったことがこの試合を感情を揺さぶるものにしています。

DFB: すでに何人かは試合のチケットを確保されたのでしょうか。
ヒロサワ: 両親と、兄弟姉妹とそのパートナーがみんな来てくれることになっています。友人もたくさん来てくれます。父型の親戚たちがこの試合のためだけに日本からドイツに来ることはできませんが、チケットは多めに用意していました。ドイツに来れなくても試合が観れるようになんとか方法がないかと探しています。

DFB: 他の試合とは異なった試合になると?
ヒロサワ: いくつかあるハイライトの一つになるとことは間違いありません。それどころか、私自身のキャリアのハイライトとなるでしょう。日本を相手に試合をする、その事実がこの試合をより特別に、更に感情を揺さぶるものにしています。まるで夢のようです。ずっと夢見てきました、日本と試合をする日を夢見てきました。

DFB: 6年前にフットサルをプレーし始めたそうですが、そのきっかけは?
ヒロサワ: スポーツ大学のフットサルサークルです。その前から聞いたことはありましたし、魅力を感じていました。その時はまだサッカーをプレーしていました。フットサルに良い印象を持ち、チームのトレーニングに招待され、そのままフットサルをプレーし続けています。

DFB: フットサルの魅力とは?
ヒロサワ: ダイナミズ、プレースピード、テクニック、そして何にも増して、息つく暇もなく、常に試合に関与し続けなければいけません。それがフットサルの一番の魅力だと思います。サッカーのように、数分の間ボールに触れないということはフットサルではありません。またこの競技は観客にもとても面白いものだと思います。ゴールに迫るシーンが沢山起こりますから、観客の方もとても楽しめます。

DFB: 日本でのフットサル人気はどうでしょうか。
ヒロサワ: ドイツと比べると日本ではフットサルがより広く知られています。ドイツではボルツプラッツに行ってボールを蹴りますよね。対して日本では趣味でフットサルをするために集まっているグループがたくさんあります。場所がないから屋根の上でプレーすることもあります、ビルの屋上にフットサルコートがあるのです。

DFB: 昨年はご自身も日本に数ヶ月いらっしゃったんですよね。
ヒロサワ: コーチとして子どもたちにサッカーを教えるインターンをしました。日本に長い期間いた事で、日本語も上達しました。家庭では2カ国語で育ったわけではないので、日本語を学び始めたのは5、6年前からです。日本滞在で、十分なコミュニケーションレベルに達しました。もっと流暢に話せるようになるために、また日本に行こうと思っています。

DFB: 日本の専門家として日本代表の実力を、おそらく最もよくわかっていると思いますが。
ヒロサワ: 世界ランクを見てもいくらかの事がわかると思います。世界ランク16位というものが示唆しています。アジア選手権では準優勝、フットサル大国イランを相手に決勝では素晴らしい戦いを見せました。従って、とても難しい試合になるでしょうし、私達が挑戦者であることは間違いありません。そのような強い相手に自分たちの力を試すことで、更に成長できると思います。結果はひとまず後回しです。

DFB: ドイツの勝利を期待するのは難しいと。
ヒロサワ: ドイツフットサルの成長を現実的に考えなければいけません。私達が今まで成長してきたこと、自分たちより強い相手と戦う毎に、更に相手と渡り合えるようになっており、選手たちのモチベーションは十分です。デンマーク戦とジョージア戦を比べてみても、チームの成長が見て取れますし、日本相手にもそのような戦いを期待しています。強いチーム相手にも互角に戦えるようになれば、更に楽しむことができると思います。なぜなら自らの成長を感じられ、やってきたことが報われると思えるからです。いつもいつも結果に反映される必要はありません。もちろん結果が出れば良いことですし、いずれ成功を収められると思っています。

デュッセルドルフでの日本戦のチケットはまだ残っており、DFBのオンライショップニーダーラインのサッカー連盟HP上で5ユーロよりお求めいただけます。
(終わり)

2018年10月20日土曜日

ドイツのフットサル代表に関する記事を訳してみる(日本戦に際して)

ドイツにおいてサッカーはとても人気ですが、フットサルはその存在すら知らないと言う人も多いという印象があります。
来週日本とのフレンドリーマッチを控えたフットサルドイツ代表に関する、RP ONLINEに掲載されたPhillip Oldenburgの記事を訳していきます。
ドイツフットサル代表には日本人の父を持つジロウ・ヒロサワ選手も選出されており、彼へのインタビューが記事の多くを占めています。
もとの記事は2018年10月19日に公開された、Noch wird die Futsal-Nationalmannschaft nicht an Ergebnissen gemessen というタイトルです。

Noch wird die Futsal-Nationalmannschaft nicht an Ergebnissen gemessen

フットサル代表を結果ではまだ評価してはいけない


デュッセルドルフ フットサルドイツ代表がデュッセルドルフにやってくる。金曜日(10月26日、17時から)Castelloにて日本と対戦するドイツ代表。アジアの強豪との試合はある選手にとって特別なものになるに違いない。

フットサルの世界においてドイツは遅れてやってきた存在だ。それは結果を見ても明らかである。直近の10試合、マルセル・ルースフェルト率いるチームが挙げたのは僅か1勝。しかし成績が芳しくないにもかかわらず、批判は起きていない。今はまだ結果はさほど重要ではないからだ。「試合毎にパフォーマンスを高め、チームが成長し続けることが重要です」とルースフェルト監督は就任直後に語った。2017年の2月よりパウル・ショーンマンから監督職を引き継いだこのオランダ人監督はドイツフットサルを発展させてくれると期待されている。
フットサル("futebol de salão")とは、FIFAの公式な室内サッカー競技形式である。低反発かつ小さなボールを用い、プレーのテンポが速く、高いテクニックが求められる。しかしながら、ドイツにおけるフットサルは、長い間ドイツサッカー連盟(DFB)からあまり注目されてこなかった。フットサルの世界においてドイツはほぼ存在しないものとして、あるいは発展途上にあると考えられている。DFBが考えを改めたのは2015年の終わり、フットサルの代表チームが結成されたときのことである。金曜日(10月26日、17時からSport1にて中継)デュッセルドルフで日本との試合が行われるが、力の差は歴然としている。ドイツはFIFAランク67位とモザンビーク(48位)やレバノン(39位)、アゼルバイジャン(11位)の後塵を拝する。日本は現在16位に位置する。しかしながら、若いドイツ代表チームが次なる発展を成し遂げるためには、まさに今回のような試合が必要となる。ルースフェルト監督は「フットサルの強豪国との試合で私達の力を試す、そうすることによってのみ、成長することができる」と語っている。
選手たちも、結果が出ていないことをマイナスに考えてはいない。「結果は確かに厳しいものです。ですが、結果は結果として受け止め、そこから何かを学ぶことが一番大事になります」とジロウ・ヒロサワは語ってくれた。26歳のヒロサワは2018年の3月、デンマーク戦(結果は2−3)で代表デビューを飾った。それ以来、代表のユニフォームを着て戦った試合は4試合になる(ゴールは0)。日本との試合にもヒロサワはメンバーに入っている。日本人の父とドイツ人の母を持つ彼にとって日本戦は特別なものになることは間違いない。
「デュッセルドルフで行われる試合には家族が皆来てくれます」と語るヒロサワは、ノルトライン・ヴェストファーレン州の州都に多くの日本のファンが来ることも望んでいる。「日本の人はスポーツに対する熱量がすごい。フットサルの人気もとても高いです」と彼は言いきる。それもそのはず、ドイツスポーツ大学ケルンで学ぶこのヘッセン出身の選手は、2017年の1月から10月まで日本で暮らし、東京で子どもたちにサッカーを教えていた。卒業後は更に長い期間日本に滞在することも考えている。彼が言うには、日本語はまだ流暢に話すことはできないが、勉強しているという。父親の母国との試合にドイツ代表として出場することになれば、これ以上なく誇りに感じることだろう。
フットサル・パンターズ・ケルンでフットサルをプレーするようになって6年。ヒロサワがフットサルボールに初めて触ったのは大学のフットサルサークルでのことだった。小さなフィールドでの5対5、周りに壁がなく(訳者注:ドイツではハレンフースバルという周りを壁に囲まれたフィールドでプレーする室内サッカーが長く親しまれてきた)、プレーは途切れることがない。左利きのヒロサワは、テンポが速くテクニックの求められるこの競技にすぐさま魅了された。「単純にボールを触る回数が非常に多く、息をつくまもなく、常に集中していなければいけません」と語気を強める。「フットサルはゴール前での展開が多く、何も起こらない時間帯は殆どありません。それがフットサルの魅力です。観客の方にもとても面白いと思います。」
他の多くの選手と同様に、フットサルに100%集中するためサッカーはもうやっていない。フットサルをして給料をもらっているわけではない。しかし、少なくともアスリートとしては、彼がやってきたことは報われたと言える。パンターズでは年々成長を遂げ、今ではキープレーヤーとなった。代表入りも果たし、昨年クラブはドイツ2位の成績を残した。
「今ある物事が始まったときのことを考えると、とても感慨深いものがあります」とヒロサワは振り返る。DFBの哲学と取り組み方を見れば、フットサルに本気であることがわかる。フットサルは発展を続けており、よりプロフェッショナルなものになりつつある。日本との一戦も、その発展を小さく、しかしながら、更に一歩前へと進めるものとなるだろう。おそらく、試合が終わったとき結果が伴わなかったとしても。

Info

フットサルドイツ代表
監督: マルセル・ルースフェルト
世界ランク: 67位
国際試合数: 15
通算成績: 3勝、2分、10敗
通算得失点: 39得点:72失点
最多出場選手: ティモ・ハインツェ
最多得点選手: ティモ・ハインツェ、ティモ・ディ・ジョルジオ(6得点)

(終わり)

2018年10月14日日曜日

トゥヘル監督の講演(2012年)を訳してみる


目次

  • ビデオの紹介
  • 翻訳について
  • "Rulebreaker"

ビデオの紹介

今年の夏からパリ・サンジェルマンを率いるトゥヘル監督。彼がまだマインツを率いていた時の講演の内容を訳していきます。
講演は、2012年9月17日(講演での彼のコメントから推測するに)にスイスで行われました。Spiegel誌によれば、"Rulebreaker Society"という企業経営者などビジネス界で革新的なことを行ってきた人たちの集まりに、当時すでに革新的な監督として知られていたトゥヘル監督が招かれたそうです。
この講演は、一部編集されたうえでYoutubeに2014年にアップされ、そちらは現在までに35万回以上再生されています。最近になって、より長いバージョンのものがアップされ、編集により抜け落ちていた重要な部分が見れるようになりました。ここでは、長いバージョンのほうを扱っています。
内容は、チームにルールが根付く過程についてや、戦力に劣るチームが成功を収めるためにとった戦術とその結果古い慣習を破ることになった話 。加えて、チームに求める原理原則をどのようにトレーニングするのかについても語っており、ディファレンシャル・ラーニングの理論に基づいたトレーニングの一端に触れています。最後は、就任1、2年目に収めた成績が選手にどのように影響を及ぼしているのかというメンタル面の話で締めくくられています。

翻訳について

何度も繰り返しビデオを見ながら、難解な部分についてはディクテーションのように一度書き起こしてから訳しました。それでも、聞き取れない部分は、ネイティブに助けを求めました。話された文章はなるべくすべて訳すように、意訳ではなくトゥヘル監督が使った言葉に忠実にを心掛けました。
講演の中身の面白さもさることながら、ドイツ語を日本語に翻訳する作業にも面白さを感じました。どの訳語を使うかは翻訳する人間が選ぶことなので、もとの文章と違うと感じる部分もあるかもしれませんが、味だと思っていただければ幸いです。

"Rulebreaker"

このような超一流の集まりで皆さんの前で話すことができるということ、私の経験を皆さんにお伝えすることができるということは、間違いなくとても大きな挑戦であり、本当に喜びです。そうですね、それに加えてはっきりさせておかなければいけないのは、この場所に立てているのは、私達のクラブの”ルールブレーカー”である、マネージャーのクリスティアン・ハイデルの勇気ある決断があったからです。4年前に彼が私をブンデスリーガの監督にしました。選手としてブンデスリーガでのプレー経験が、ただの一度もない私を。”選手としての経験”はブンデスリーガの監督を選ぶ際の主要な指標でしたし、今もそうだと思います。また、私はそれまで一度もトップチーム(注:育成カテゴリーに対してのトップチーム)を率いたことがありませんでした。殆ど育成年代のトレーニングセンターでの経験のみで、一番高い年齢でレベルの高いチームはU-23のチームでした。トップチームを率いた経験があるかどうかということも、今日に至るまでブンデスリーガの監督を選ぶ際に2つ目の重要な指標だったと思います。そのようなルールをクリスティアン・ハイデルはことごとく破ってきました。私は今、39歳で、マインツでの4シーズン目を過ごしています。ここで、皆さんに考えていただきたいのは、私のマネージャー(注:ハイデル)はチームが昇格した年に、昇格を果たした監督を解任したということ、しかもシーズンが始まる前にです。なぜなら、根本的な要素、キッカー誌に載っているような結果ではなくて、チームを率いるということに関わる根本的な要素について、ハイデルがマインツ05というクラブに相応しいと思うようにはいっていなかったからでした。以下のようにして私のブンデスリーガの監督としての大きな仕事が始まりました。私の監督としての仕事は、火曜日に始まり、土曜日には最初の公式戦、ホームでのレバークーゼンとの試合がありました。つまり、準備期間も、10日を超えるようなトレーニングキャンプも行うことができず、火曜日に最初のトレーニング、土曜日には最初のリーグ戦があり、チームはちょうど4部の相手にカップ戦で敗退したばかりと、全くの無名監督が舞台に上がるにはまさに理想的と言える状況でした。
火曜日のトレーニングから仕事は始まり、順を追って説明しますね、水曜日から木曜日にはバスで1時間ほど行ったところ100kmくらい離れたきれいなホテルで、ごく短いキャンプを行いました。メディアや喧騒から離れ、落ち着いた場所が必要でした。まずは私達はお互いをよく知らなければなりません。チームは私のことを全く知りませんでしたから。私はマインツには1年間U-19の監督としていただけでした。選手のことは試合を見て、彼らが2部でプレーするのを見てましたし、スカウティングを担っていました。ですが実際のコンタクトはありませでんした。お互いのことをよく知らないといけません、何があってもです。
次のようなことを考えてみてください。私達は水曜日にホテルに着きました、バスでそこまで行きました。水曜の午後と木曜午前にトレーニングをします。水曜日にトレーニング場に行く前にはコーヒーとケーキを共に最初のチームミーティングがあります。その場で私は、私が率いるチームにとって最も重要なお互いに関するルールを、フリップチャートに手書きして紹介しました。これは後でまた触れ、そのときにどんなルールだったのか個々について触れていきます。その後、トレーニングに行きました。そんな激しいものではありません。お互いをよく知るためにです。トレーニングのあと、監督からアナウンスがありました、「夕食は19時半から。」私は気が狂うほどナーヴァスになっていました。私には一緒に指導するコーチがいませんでしたし、一人でみんなの前に立っていて、その2日前にはU-19のチームを率いていましたし、それがここでは私より年上の選手も何人かいました。7時半に夕食だと、もちろん私はその10分前には食事会場に行きました。時間に絶対に遅れないようにという思いからです。私はなにか準備をしたわけではありません。とてもしっかりとしてサポートチームがいますから。食事の準備がしっかりされていました。そして、私が7時半の10分前に食事会場に着いたとき、最初の何人かが食事会場から出てくるところにすれ違いました。そして席について、7時半になるのを待って、7時半になりました。そうすると、だいたい全員が食事会場にいました、あるいは、それよりも前に来てすでに帰ってしまっていたところでした。とにかくみんなが食事して、何人かはすでに席を立っていました。いいでしょう。そして、次のトレーニングが木曜日の午前にありました。そして私はこう言いました、「トレーニング後の昼食は12時半から。だけど、一個だけいいかい?まだ話していなかったことなんだけど、今後みんなで食事をする。12時半から食事が始まるけど、私が『召し上がれ』と言ってから食事をする。これは私は重要なことだと思っている。」チームもそれを理解しました。再び下に降りて、12時半にはみんな時間どおりに食卓について待っていました。監督が立って「みんな揃っているね、いいね、素晴らしい!召し上がれ」って言ってさぁ食事だという状態です。伝えておかなければいけないのは、ブンデスリーガのプロチームのビュッフェは何でも揃っているということです。スープが1つ、2つ、鶏肉、魚のグリル、デザートが3つあって、なんでもあるし、質も高く、落ち着いて食事できます。これは本当の話ですが、私がスープを飲み終える前にチームの半分はすでに席を立っていました。食卓にはお皿が積み重なっていて、前菜もメインもデザートも残されていて、どれもシャベルですくったように手を付けられていて、食卓にはあっちに3人まだ残っていて、こっちでは2人しかいなくて、「ちょっとまってくれ、こんなのありえない」その時思いました。私はU-19の監督でした。私も絶対に望んでいませんでしたけどこれは変えなくちゃいけない。チームはマインツに戻って金曜日。土曜日には試合です。みなさん私達はいま金曜日にいて、さっきの話が最後の食事でした、それでバスでマインツに戻ってきて、金曜日がトレーニング。その後ホテルに宿泊します。ホーム開催の試合の前はチームでホテルに泊まり、皆で夕食をともにします。これはブンデスリーガのチームでは慣行であり、普通に行われるものです。そして土曜日には選手と個別に話し合ったり、グループでミーティングなどをしてから、一緒にスタジアムまで移動するのがホームゲームでの流れになっています。さて、私達は今、金曜日にいます。私の監督としての3日目です。クラブ練習場でのトレーニングです。そして私は言います、「じゃあ、ホテルの食事会場に8時半に集合。(少し間を置いて)食事のことについて三回も何かを言うのはバツが悪いんだけど、もう一個みんなに頼みがある。」ええ、本当にこのように言いました。「みんなにもう一個だけ頼みがあって、時間どおりに食事を始めたいんだけど、これからは20分間はみんなで一緒に食事をしよう。」選手たちはこんな感じで(注:渋々という顔の表情を作りながら)受け入れ、それが、1つ目のルールの起こりでした。実際に最初は作られた、監督によるものでしたが、今では私達は、信じるか信じないかは別として、ルールに関してはそういう話になりますが、今では私達は40分から45分間食事の際には一緒にテーブルで過ごすというのが自然になっています。いつもは、18人の選手たちが9人がけの食卓2つにそれぞれついて、食卓の最後の選手が食べ終わって初めて誰かが席を立つようになりました。それは監督に言われるでなく、選手たちの中でそのようにしていったことです。監督にとっては嬉しいことです、チームの中に基礎となる規律、礼儀、お互いの尊重、食卓を囲む、話し合うこと、そういったことをチームに取り戻したからです。3回かかりましたが、それを私達は成し遂げたんです。

ここで最初の一週間の話からは離れ、最初のシーズン、今日振り返って言うことができるのは、私達はサッカー的な思考のパターンを打ち破る先駆者になったのです。凝り固まった考えのパターンを、ドイツサッカー界そして、サッカーについて語る専門家全員が持っていました。私達はブンデスリーガでの1シーズン目、様々なシステムでプレーしました。ご存知じゃない方のために、サッカーでは10人の選手を自由に配置できます。ゴールキーパーが一人いますが、ゴールキーパーを置くという点は変えませんでした。クラシックな4−4−2もあれば、中盤をダイヤモンドに配置する事もできますし、3−5−2というのもあります。このように、幾何学的な配置パターンがあり、それぞれにその長所と短所があるものです。そして、これは本当の話なんですが、それ以前は、つまり私がブンデスリーガの監督になるまでは、その同じ思考のパターンで生きていました。それまでの監督人生において、少し思い出しますね、7年か8年の監督としての経験がありました。その思考のパターンとは「ある一つのシステムでプレーしなくてはいけない。そのシステムは可能な限り優れたものであり、また自動化されていなければならない。選手はそのシステムに自分を組み込み、そうしてこそ良くなる」というものです。
というわけで、私達はブンデスリーガで先駆者となりました。ここではそれがどのようにして起こったのかということだけ話しておきたいと思います。それ(注:様々なシステムでプレーすること)自体が目的だったわけではありません。「自分たちのチームが劣っている」と感じていたからこそ、そのような手段を取ったのです。私達監督、コーチ陣次のように感じていました。「現状の自分たちは、まったくもって他のチームと渡り合う力を持ち合わせていない。チームの団結心、フィットネス、メンタル、戦術的成熟度、もちろん個々の選手の質においても全くもって劣っている」と。では何をしたのか?相手の試合を観て、試合を観て、また試合を観ました。相手は何をしているのか?どのようにプレーするのか?毎週相手を分析して、また分析して。DVDを早送りして巻き戻して、編集して、編集して、更に編集しました。そのようにして私達は、対戦相手を鏡で反射させたような陣形を取るようにしました。つまり、対戦相手の幾何学的な陣形を予想し、彼らは古い思考パターンでプレーしていましたから、一度4−4−2でプレーがうまく行けば、いつも4−4−2でプレーするという。相手のシステムを見抜くこと、見て取るのは難しいことではありませんでした。そして私達は相手の陣形を鏡に映すように自分たちの陣形を取りました。つまり、相手が4−2−3−1で来たら、4−1−4−1が一番ピッタリとハマります。なぜそのようにしたのか?そうすることで、相手がボールを保持して、自分たちが守備をしている局面でのするべきことがはっきりとするからです。なぜなら、どの選手の受け持つスペースにもすでに相手選手がいて、ボールを奪いに行くことができるからです。選手たちはスムーズに動ける様になりました。私達は選手たちに足場となるものを与えたかったのです、「助け」となるものを。あれこれと長い時間考えることなく、その「助け」によって直感的に動けるようになり、守備の局面にて敵選手へのアクセスが確保され1対1に持ち込むことができます。相手にとって嫌な存在であるために、そうしたかったのです。何を言いたいかというと、私達がこのような(加筆:新たな)思考パターンを生み出し、様々な試合での陣形を編み出すように至ったのは、チームと私自身が覚醒状態で居続けるため、するべきタスクを行い続けるための助けになるようにです。「フロー」を生み出し、没頭するためです。コンマ1秒のうちに「この場所でボールにアタックに行くのは誰か?俺か?アイツか?」と考えることなくです、そんなことしていたら遅すぎます。ブンデスリーガのレベルでは手遅れになります。
相手の陣形を鏡に映すように陣形を取る
出典 Quelle: Escher, Tobias. DIE ZEIT DER STRATEGEN.
Reinbek: Rowohlt, 2018.
試合での運、試合結果、成功体験、そしてすべての監督に必要であるちょっとした運、ポストの内側に当たるか外側に当たるかが結果を左右するように、を通して新しい思考パターンは更に発展していきました。システムの切り替え、選手たちのオープンな姿勢が敵チームの頑固さ、あるいは古い思考パターンに固執するとでも言うべき姿勢と相まって、私達は競争における優位さを得ていましたし、そして私達は何かを「持ってる」存在になりました。2年に渡り私達は競争において優位に立っていました。そして私達は今現在も様々なシステムを用いてプレーすることができますが、今シーズン3試合を消化し、1ポイントしか取れていません。今シーズン、昨シーズンからすでにそうでしたが、「柔軟さ」という私達の競争における優位性が私達を不利な立場にしています。どうしてそうか、後ほどお伝えします。はい、どうして私がそのように感じるのか、後ほどお伝えします。
サッカーの内容、思考パターンを打ち破るという話に戻り、少しだけ。私達は、選手たちのフォーメーションに対する考え方、彼らの行動パターンに関する古い考えを打ち破りました。ここでもある例を使って説明します。最初のいくつかの練習試合においてチームはとても頻繁に、サッカーのフィールドを目の前に思い浮かべてください、長方形の、フィールド中央はブンデスリーガでは人がとてつもなく密集しています。そのため、多くのチームが早い段階でウイング(注:フィールドを縦に5分割した際のサイド)からの突破を試み、縦に前進することを試みます。さて私のチームですが、とても早い段階でサイドへの横パス、そこからタッチラインに沿って低く長いボールで攻撃を発動させようとします。これは、私達監督コーチ陣から見ると全くの失策です。反対に、敵にタッチラインに沿って低く長いボールを蹴らせたいと今も考えています。なぜなら私達の考えでは、そのようなパス自体がボール奪取の理想的なトリガーであるからです。つまり、私のチームは「サイドに展開して、タッチラインに沿って長く低いボールを送る」という思考パターンにとらわれていました。それは安全ですし、難しいものではありません。一度前にボールが送られれば、そこでボールを受けた選手にまかせておけばいいという考えです。
さて、私達が何をしたでしょうか。私達はそのようなプレーは望んでいません、私達が望んでいるのはグランダーで斜めにプレーすることでした。どういうことか?後ろから斜めのパスで前に、そこから更に斜めのボールでアタッキングサードに侵入することです(注:この際、両手でひし形を作るジェスチェー)。私達はピッチの四つ角を切り離しました。つまり、私達はゴールを2つおいてトレーニングをしたのですが、そのフィールドは、想像していただきたいのですが、ゴールがあって普通の幅でタッチラインがあるんですが、角がなくて斜めに取り除かれています。菱形のフィールドです(注:リンク先にフィールド図解)。そのダイヤモンド型のフィールドで私達のすべての試合が行われました。それはなぜか?それが私達のプレーにおける原理原則だったからです。今でもグラウンダーで斜めにプレーするというのがマインツ05の、あるいは私と私のコーチ陣と私が率いるチームのプレーする際の原理原則だからです。そして、そのようなフィールドの形にすることで選手たちにこの原理原則を”強いる”のです。しかしながら、フィールド上に予め設けられた柵の中で、選手たちの最大限の創造性を変わらずに発揮させます。つまり、選手たちがどうやってそのようダイヤモンド型のフィールドで状況を解決するかは、決まった方法をありませんし、監督たちもそれを設定したくはありません。そして当然のこととして、この方法は私のコーチとしての役割を極端に変えたのです。今も昔もそんなようなことはしたくありません。私は、選手たちが斜めの長い、言い間違えました、選手たちがタッチラインに沿って長いボールを前に送るたびに笛を吹いて、「そうじゃない!何度言わせるんだ!斜めにプレーしなきゃだめだ!」というような指導者では決してありたくないのです、まったくもって。そういった方法は古くもう価値を持ちません。そうではなく、単にフィールドの形を変えればいいのです。それだけで、練習の中断や大声を上げる必要がなくなります。私は選手がフィールドとどのように折り合いをつけるかを見守り、その状況をよりうまく解決することを助けることができます。私は選手を支える存在であると同時に、別の場面、うまくできない場合には厳しく指摘もします。これは私のコーチとしての役割を実際的に変え、今日でもそのように指導したいと何が何でも思っています。このトレーニング形式、態度は今日でも健在で、この分野の最新の脳科学の学識によって拡大し、アップデートされています。説明しますと、私達のトレーニングでは、数え切れないくらい繰り返してトレーニングをしますが、単調な反復練習はただの一度も行っていません(注:繰り返し反復と訳しましたが、本文は"Wir trainieren unendlich viele Wiederholungen aber wir trainielen niemals einschleifend."といっています)。A地点からB、BからC、CからD地点へとボールをパスしてからセンタリングといった反復練習的なパスのトレーニングは行いません。しかし、トレーニングを繰り返し行うことはあります。常にすべての要素を盛り込んだトレーニングを行います。この3ヶ月はXについて、次の3ヶ月にYをトレーニングして、その次の3ヶ月でZ、最後の四半期にはこの要素をトレーニングするという思考パターンからはまったくもってかけ離れています。シーズンの最初のトレーニングに始まり、最後のトレーニングに至るまで常にすべての要素をトレーニングに盛り込んでいます。また、極端にフィールドを狭くしたり、フィールドの形状を変えてトレーニングします。ダイヤモンド型のフィールド、円形、横18m縦75mでゴールを両サイドに1つずつ、縦30m横70mにゴール1つずつといったフィールドでトレーニングします。今日に至るまで普通のサッカーフィールドで11人対11人でトレーニングを行ったことは一度もありません。土曜日に行われる公式戦をコピーしようなんて考えてもみません。それがうまくいかないことはわかっているからです。それはつまり、そこで私にとって大事なことは、私達監督コーチ陣は、そこでもフローを生み出そうとしています。選手たちを行為に没入させようとします。トレーニングの繰り返しで選手たちを数え切れないほど多くの状況に置かせて、その状況の解決策を自ら導き出し、生み出せるようにし、願わくば試合でもその解決策を再び識別することができるようにと考えています。これらによって私達監督コーチ陣はルールブレーカーと確かになりましたが、全くそんな自覚はありませんでした。そのことは断言できます。そんな自覚も、そうなろうという意図もありませんでしたし、望んでもいませんでした。私達は言わば、フロー状態にありました。劣等感の中で、何が私達の助けとなるのか、何がチームの役に立つのかと問い続けました。これが、一連のプロセスでした。
中央を経由したビルドアップを強いる別のピッチ形状
出典 Quelle: Escher, Tobias. DIE ZEIT DER STRATEGEN.
Reinbek: Rowohlt, 2018.
15時5分のピッチ脇でのスカイ(注:ドイツでブンデスリーガなどの試合を放映している有料放送)のインタビューで何度驚いたことでしょう。「トゥヘル監督、今日も選手を6人入れ替え、新しいフォーメーションを敷きますね」と。そのとき私は「何だって?6人?誰?誰のこと?」ええ本当の話です。今でもそうなんですよ。「4人入れ替えましたね」と問われれば、「4人?誰?誰のこと?どうして?良いチーム編成なのに、ありえない」と思います。アウェイでのブレーメン戦に向かうバスの中で、2シーズン目に7連勝してブンデスリーガの開幕からの連勝記録を破ったシーズンのことです。チームを編成して、監督コーチ陣はフロー状態でした。ブレーメンを分析して、誰が必要で、どのフォーメーションを敷いて、何を私達はするか、どこに長所があるか、違いをもたらすことのできる選手はどの選手か、考え抜きました。私達はバスの中で席についています。監督たちがやるべきことはすべて終えて。2度目のチームミーティングも終わって、メンバーも発表したあとで、バスに座っています。これから10分ほどバスに乗ってスタジアムに向かいます。そこにマネージャーが来て、あれは確か4試合目だったと思います、3勝したあとの第4節、反対側の通路の反対側に座っていたマネージャーが、私、コーチ、反対側にマネージャーが座っていたのですが、バスが出発すると、マネージャーが「なぁ、選手6人も入れ替えるのか?ちょっと多過ぎやしないか?あいつらマインツで居酒屋に座って俺たちが一体どうプレーするのか頭抱えてるんじゃないか?」彼は批判する気なんてサラサラありませんし、ポジティブな発言でしたが、私は真面目な顔してコーチに言いました、言われた直後は黙っていましたが、「なぁ、多すぎたかな?何したっけ?でも良いチーム編成だよな?」つまるところ、私達自身はただの一度も目的と手段を混同したことはありませんでした。
先程、私達の競争優位性が今では私達の短所となっているとお伝えしましたが、それは今現在の状況で私が感じていることなのですが、チームと選手たちが「何を」という部分、私から伝えられる「何を」という部分、システムだとか戦術だとかトレーニング理論といったものをあまりにも重要視し過ぎているのではと。「何を」と「どうやって」を私達は区別すると、3年以上ずっとチームには私からはっきりと伝えているにも拘わらずです。「何を」の部分に関しては私がすべての責任を負います。ピッチ上で「何を」するのか、「何の」約束事が適用されるか、「どの」基本フォーメーションで、「どの」選手を使うか、これらのことはすべて私が責任を負います。しかしながら、「どうやって」の部分は選手がもたらすものです。それは選手もわかっています。そして、この「どうやって」の部分こそが、ことプロレベルのチームスポーツにおいては、すべての要素を束ねる決定的な接着剤の要素となります。そのことははっきりと伝わっています。「どうやって」が成功を決めます。勝敗を左右するのは「どうやって」の部分であり、「何を」ではありません。そして今に至るまでの間、チームは経験を重ね、私達の長所である様々なシステムでプレーできる柔軟性が、ある意識を生み出したように私の目からは見えます。その意識というは、昨年の難しいシーズンそして今日でも、私達に長い間つきまとっています。その意識というは、選手たちが彼らのコップを「どうやって」でいっぱいにしようとはしていないというものです。なぜなら彼らが、意識下で、悪い意図などは全く持たずに、「監督が俺たちを『何を』でいっぱいにしてくれる」と考えているからです。「監督たちが教えてくれるし、彼らが分析してくれるし、敵の弱点がどこか教えてくれるし、それで俺たちはまた新しいフォーメーションでプレーするんだろう。」それでグラスがいっぱいになっていると。彼らは気付いていませんし、そのような意図はないと思います。けれど「どうやって」のかわりに「何を」ではコップを満たすことはできません。私達がコップを溢れさせるほど注いでも、グラスを満たすことはできないのです。それが私達に起こった問題で、うまく処理していかなければいけません。
私達がサッカーをプレーしているレベルにおいては、サッカーは明白な選手のゲームであり、コーチのゲームではないと私は確信しています。U-15では完全にコーチのゲームです。16、17、18歳といった年代においては絶対的に、コーチによって勝利し、コーチが操るゲームですし、コーチによって決定されたり大きな影響を受けます。しかし、ブンデスリーガのこのレベルでは、選手の経験、彼らの持つタレントを考えると、明らかに選手のゲームであると私は思います。そして私の役割、監督コーチ陣の役割とは、世話することです。私達は選手に仕えます。選手をサポートし、助けます。明確にそう伝えてあります。そして、私達の今現在なすべきことは、今日は月曜日、オフの月曜日であってますよ、ね?昨日、直近では昨日もチームを前にして起こったことで、監督コーチ陣が今しなければいけないことは、選手たちに「どうやって」という部分の責任を、彼ら自身が再び背負うようにはっきりと求めていくということです。一つも漏らすことなく、可能な限り完全にそのような姿勢を示すようにと。そのことをはっきり要求することが私達の今すべきことです。その際、選手たちを一人にはしません。彼らを放って置くのではなく、その逆で選手たちに要求すると同時に、彼らを再びサポートすることが必要です。

「ルールブレイカー」という単語にはルール、規則という単語が含まれています。先程もお伝えしたとおり、最初のチームミーティングはフリップチャートを用いたルールの共有でした。一緒に戦っていく上で私とチームの間で、また選手たちの間において基礎となるルールです。これらルールは更にいくつか加えられ、整理され、一部は選手たち自身によってさらなるルールが書き加えられ、あるものは私が定めたものがそのまま残っています、それをとても重要なルールだと考えるからです。けれど、選手たちのディスカッションによって付け足されたものももちろんあります。そして、チームのルールを書き出した紙が皆が集まる部屋に張り出されてあります。選手たちはトレーニングセンターのロッカールームよりもその部屋で過ごす時間のほうが多いかもしれません。そこには何が書かれているか、私達がどのように挨拶を交わすかが書かれています。私達は必ず挨拶を交わす際に握手をします。それは監督から始まります。監督が良い雰囲気を醸し出し、選手の目を見て、手を差し出すことで相手に伝えます。(注:目を逸らしながら)「あぁ、よく来たね・・・」とはせずに、(注:相手に目線を合わせて、語気を強めながら)「よく来たね!嬉しいよ。また後のトレーニングで!」そのようにして相手と接します。それが私達がお互いの間に設けたルールです。互いに歩み寄り、握手を交わし、相手の目を見て、これから一緒に仕事ができることを喜びます。
どのような状態でトレーニングに臨むか。まずは身体がフィットしていること。そして精神状態、先程言ったような良い雰囲気とオープンさを持っていること。私達は今シーズンから名簿を導入しました。選手たちはみなその名簿に署名します。トレーニングの45分前になると監督の手によって名簿は回収されます。選手たちもそのことは選手たちもわかっています。トレーニングの始まる45分前には、どの選手も名簿にサインをしなくてはなりません。「俺はいました」とか「記入するの忘れてただけです」とか「理学療法士のところで治療を受けてました」とか「ドクターの部屋に言ってました」といった例外は認めません。全員が署名し、署名しなかった選手は50ユーロの罰金を支払います。2度目に忘れた選手は100ユーロ、更に3度目には150ユーロと金額は上がっていきます。そしてこれも明文化されたルールの一つですが、名簿に署名することによって、選手たちは自らが身体的にも精神的にもトレーニングに臨むことができるということを宣言するのです。「私は自分の身体がこれからトレーニングを行える状態であることを確認し、そしてこれから自分の能力が測られること、トレーニングにおいて自らの存在を示すこと、それらに自らのすべてを懸ける、そのような準備と意欲があることをこの署名を通して宣言します」と。
これまでに、私はロッカールームでの携帯電話の使用禁止を提案しました。また、トレーニングセンター全域における携帯とタブレット端末の使用禁止を望んでいましたが、それを選手たちが自ら主導してチームのルールにしました。
私達のトレーニングでは報復の意味でのファールは禁止されています。相手を軽視した「あっち行け!」「頭おかしいんじゃないか?」といったジェスチャーも私達のところではありません。監督コーチ陣、つまり、GKコーチやアスレティックトレーナーに至るまで、監督に対するのと同じように彼らに対して反論することも練習場ではありません。練習が終わった後に、何かあれば喜んで話し合います。しかし、トレーニングの最中には監督コーチ陣の指示に従わないということはありません。
以上に挙げたことはピッチ上では行われませんが、それとは別に、私達は絶対的な激しさをもってトレーニングに臨みます。私達は公式戦を戦うかのようにトレーニングを行います。これも壁に張り出されてルールの一つで、私達に根付いていっています。私達のもとに研修に来る指導者たち、U-21イスラエル代表監督、スロベニア代表監督、ドイツで最上級の指導者資格を取ろうとしている最中の指導者たち、皆一様に「これほどまでに激しくトレーニングを行い、1対1の競り合いをここまで激しく行うのに、こんなにも選手たちがお互いフェアに接しているチームはドイツにはほとんどない、多分誰もそんなチームがあるなんて知らないはずだ」と口にします。私達のルールを知らない人たちからは、彼らはルールが張り出されてあるのを見ていませんから、そのようなコメントをいつも耳にします。イスラエルのU-21代表監督が私のもとに来て、私が彼に「なにか気がついたことがあったらすぐに言ってくれ」といったのですが、彼が言っていたのは「9週間も勝ちのないチームでこんなチームはありえない。」彼が私のところに来て「このチームが9週間も勝てていないことをとてもじゃないが信じることができない。そんなに上手く行っていないなんてとても信じられない。チーム内での対立や、小さな派閥ができたりもないし、相手を侮辱するようなジェスチャー、報復のファールも、文句を言う選手も見受けられない。私が目にしたのは、フィジカル、メンタルともに最も高いレベルで行われているトレーニングだけだ」と。私はそのようなコメントが来るとは予想していませんでした。しかし、そのようなフィードバックを受けたことで、私達は自分たちが正しい道の上にいることを知りました。なぜなら、彼が言ったことは私達が定めたルールであり、ルールのことを知らない第三者からもそれが確認できるからです。私はとても満足しています、とても重要なことだからです。
今シーズンが始まる前、チーム内の約束事に新しいものを取り入れたり、より適したものにするために、良いアイデアはないかと探しました。今あるルールのため、新たに取り入れるべきルールはないかとアイデアを探していました。皆さんに私達のチームの内側をお見せしました。これらのルールについて知っているジャーナリストはいなかったと思います。それらが明文化され、壁に貼り出されているということも。今まで秘密にしていた情報ですが、喜んで皆さんと共有したいと思っています。ですが触れ回るわけではありません。皆さんに想像してほしいのですが、朝食を取る部屋があります。そこに用具係やスタッフの女性が火曜と水曜そして日曜日の午前中にトレーニングを行う日に朝食を準備してくれていました。食事の質は良くも悪くもなくといったところでしょうか。ちゃんとしたものではありません。フライシュヴルストやブレートヒェンといったようなものがトレーニングの1時間前に食卓に並びます。私達はあるところからインスピレーションを受けて、どこからかは後でお伝えします。今の所、私達は3人組のグループを作りました。そして3人の選手が一週間にわたって皆の朝食を調達します。買い物リストを作って、何は買ってよくて何がだめか、ブレートヒェンはどれでミュズリーに使っている穀物はどれが良いか、ヨーグルトはどれが良くて、好ましくない果物はどれかなどなど。買い物リストをもって、3人の選手が一週間朝食調達の責任者になります。私達はあるところからインスピレーションを受けました。明日からは私が朝食を買いに行きます。私とコーチ陣です。もちろん監督たちにも順番が回ってきます。私と、共同監督と、アスレティックトレーナーの三人が明日と、水曜日そして日曜日に朝食を調達します。買い物に行かなくてはいけませんし、ちゃんと冷蔵庫に整理するところまでやります。
私達はベスト・オブ・ベストと称されるところで探し回り、情報を読み漁りました。FCバルセロナ、ディルク・ノヴィツキー(注:NBAで活躍するバスケットボール選手)、THWキール(注:ドイツのハンドボールクラブ)といったサッカー、バスケットボール、ハンドボールのベスト・オブ・ベストと言われるチーム、選手に関するレポートを読み込みました。そこで何度も出くわすのが「ベシャイデンハイト、」「ベシャイデンハイト」という言葉です(注:Bescheidenheit, ”つつましさ”や”思慮、分別”といった意味を持つドイツ語)。自らの有する特別な才能に対しての「ベシャイデンハイト」です。「ベシャイデンハイト」が意味するのは、1つ目に最高のパフォーマンスを喚起させるものです。自らの持つ才能をもって、最高のパフォーマンスを行うことが自らの義務だとみなすことです。2つ目に、チーム内での役割を謙虚に担う準備が100%できているということです。THWキールではオリンピックで優勝したゴールドメダリストたちが、何度も世界一になりチャンピオンズリーグも獲得した選手たちですら、土曜日のお昼前、アウェイの試合に向かうバスの中で昼食のパンを準備するのです。買ってきたパンにバターを塗ったりするだけで、人数分用意しても10人で私達よりも少なくはあります。ですが、ベスト・オブ・ベストのチームがそれをやっているのだから、私達もそれを取り入れない手はありません。
今シーズンから朝食調達がチームの新しい決まりごとになりました。シーズン前の8週間の準備期間、私達監督コーチ陣が一番にクラブに到着しています、監督コーチはそうあるべきです。今は8時で、10時にはトレーニングです。8時15分にロッカールームに行きました、フィジオセラピストと誰がプレーすることができるのか話し合う必要があったからです。そうしたらガタガタガタと音が聞こえました。私は用具係がショッピングカートを転がして入ってきたのだろうと思いました。必要なものを選手個々人のロッカーに準備するために、洗濯した練習着などをカートに入れて運んできたのだと。いつもそのようにしていますから、きっとそうだろうと。カートの音が聞こえたとおもったら、8時20分でした。うちの選手のニコライ・ミュラーがニコニコしながら角を曲がって入ってくるのです。ショッピングカートにヨーグルトや果物、朝食に必要なものいっぱいに詰め込んで。そして、楽しそうに冷蔵庫に買ってきたものを整理するのです。とても心が踊る光景でした。「よし、私達が進んでいる道は間違っていない」と思ったのです。3試合が終わって勝ち点1しか取れていませんから、今の所なにか効果があったのかはわかりません(笑)。それでもチームとしての正しい道を私達は歩んでいるといえます。100%確信しています。
土曜日の夜、メッツで行われたフレンドリーマッチからマインツに戻ってきて、確か24:30を過ぎたくらいだったと思うのですが、バスの後ろの方で誰が次の朝食調達の担当かと話すのが聞こえました。それはつまり、翌朝わざわざパン屋まで焼き立てのパンを調達しに行かなければいけないということです。そのことがチームの中で話し合うべきテーマになっていることに、私は嬉しくなりました。そしてチェコ代表でワールドカップに出た経験のある選手が、夜もとても遅い24:30にマインツに戻ってきたにもかかわらず、疲れた身体をなんとか起こし、帰りはずっとバスの後ろの方でこんな感じになって(注:疲れた表情)横になっていたのですが、プレシーズンの最も辛い時期でしたが、彼はわざわざ話し合っているところに来ました。帰ろうとするところをわざわざ来て「次の当番が誰か知らなかったんだ・・」と言うのではなく、その時点ではまだグループが分かれていませんでした。そうではなくて話し合いのところに行って「俺の順番はまだ来ていない」と。先程も言ったとおりグループはまだ分けられていませんでしたから、「明日は俺が買いに行くよ」と言ったのです。その時私は、チームが強くまとまるために必要な正しい道の上に自分たちがいると思いました。

少しだけ、「忘れる」ということに関して話します。私達は最初のシーズンは9位でした。この話も講演のテーマの一つでしたので話します。9位というのはマインツの歴史でブンデスリーガ1部での最高成績でした。そうすると評論家達はこぞって書きたてます。誰もが知っている法則、「昇格したチームにとって、2年目が最も難しいシーズンとなる」というやつです。2年目が最も難しく、大抵のチームが2年目に再び降格していきます。2シーズン目はブンデスリーガの、バイエルンの開幕からの連勝記録を更新する7連勝を記録し、シーズンを5位で終えました。もちろんマインツ史上最高の順位で、ヨーロッパリーグへの権利を手にしました。また新しい変なルールができました。たしかキッカーの編集長が「監督としてトーマス・トゥヘルはいい人間だが、彼が良い監督かどうかは3年目に証明しなければならない」と言ったんです。3年目の昨シーズン、最も重要な3人の選手、試合を決めることのできる選手たちを放出し、ものすごく重要な2人の選手が半年以上に渡って怪我をしており、5人の新しい選手を起用しなければいけませんでした。10人の新加入の選手がいて、私達は全く異なったグループでもって、ヨーロッパリーグ予選をルーマニアのメディアシュという、誰も知らない、私達も戦うまで知らなかったチームと戦わねばなりませんでした。2戦目はアウェイ、メディアシュで行われ、こちらはシュートを46本も放ったのに対し、相手は4本。にもかかわらずPK戦で敗れました。ヨーロッパリーグ本戦が始まる前に私達は敗れたのです!私が空港で座っていると、私はその光景を決して忘れません、私達は帰りの飛行機を待っているところでした。行き先はちなみにフランクフルト・ハーン空港でした(笑)。私達が座って待っている間、これほどまでに落ち込んで虚無感に包まれたチームは見たことがありませんでした。あたりを見回してもかける言葉もありません。あのときの選手たちの表情は決して忘れることがありません。まったくの空っぽの表情。ですがそこで何が問題かと言うと、その日がちょうど木曜日で今は23時、メディアシュという”middle of nowhere”の空港で飛行機を待っています。私達は完膚なきまでに打ちのめされ、絶望に沈んでいます。ですが、土曜日の15時半からブンデスリーガのシーズンが始まります。スタジアムは新しくなり、チケットも完売、相手は昨シーズン2位のレヴァークーゼンです。帰りの飛行機、ハーンからマインツまでの移動中、ひと晩中ずっと眠らず考えていました、何ができるのか。このような状態で何かを始めることは必要ありません、それは可能ではありません。私達はあるルールを破りました、ある習慣を破りました。翌朝、選手たちはビデオによる試合の分析があるものだと思っていました。いつもならそうするからです。試合の内容を振り返り、上手くできたことできなかったことを見返します。選手たちが視聴覚室に集められました。私がそのとき壁に映したある言葉を今から読み上げます。「私はキャリアを通じて900回以上シュートをし(注:トゥヘル監督の言い間違えで実際の引用文では9000回以上シュートを失敗しとなっている)、300試合に負け、26試合で試合を決めるシュートを任され、そして失敗した。私は人生において何度も何度も失敗をした。だからこれほどまでに成功した。」誰の言葉かわかる方はいますか?(誰かが答える)いえ、マイケル・ジョーダンの言葉です。最も成功したチームスポーツの選手、私が思うに一人でチームを成功へと導いたのはチームスポーツプレーヤーは彼だけだった思うのですが、その選手がこの言葉を残しているのです。「私は何度も何度も失敗した。だからこれほどに成功を収めたのだ」と。その言葉を映し、5分間ほどマイケル・ジョーダンの写真を見せました。彼の獲得したトロフィーなども。それによって彼らに伝えたかったことは、これもサッカーには付きものだということです。とてつもなく打ちひしがれるようなこともあるのだと。それを理解してほしい、サッカーというスポーツでは失敗する事、試合に敗れること、そして敗北者の烙印を押されることがあるのだということを。最悪の状況を経験することがあるのだと。でもそれは、自分たちを更に成長させるためにあるのだということを。そうすることによって、謙遜することなく言えば、このような方法で選手たちのメンタルを回復させたことで次の日、ジョーダンの話をしたのは金曜日の朝ではなくお昼でした、選手たちを十分に休ませたんです、そして土曜日ホームの新しいスタジアムでレヴァークーゼンを2−0で破ることができたのです。
その後のシーズンがとても難しいものになり、13位という私が監督になって最も悪い成績だったことは隠せませんし、隠すつもりもありません。チームはいつも降格圏に入るか入らないかというところにいました。ですが今日に至るまで、私達はいま「忘れる」というテーマについて話していましたね、私達は5位に入ったシーズンのパフォーマンスで測られてしまうのです。最も良かった時期と比べて測られるのです。バイエルンに対して勝ち越しているチームという目で見られるのです、なぜなら(加筆:トゥヘル監督が就任して以降)私達が唯一バイエルンに対して勝ち越していたチームだからです、もちろん先週まではですが(笑)。過去3年間、どんなに強いチームを相手にしても勝つためにプレーする勇気を持ったチームとして人々は評価します、実際に私達はどのチームに対しても最低1勝は収めているからです、どのチーム相手でもです。このような基準をもって私達は評価されるようになったのです。これは悪意のある評価ではなく、むしろ私達にとって名誉なことです。私達のことを高く評価してくれているからこそです。しかしながらいま現在、私とチームを取り巻く環境においてこの評価が重荷になり、負担を感じます。人々が私達を評価してくれているつもりのことが、重荷となって私達につきまとい、周りが高い評価をしてくれる環境の中で、チームへの高い評価は過去のものであり、過去のチームが異なった状況のもとに成し遂げたことへの評価であるということを、今の選手達が忘れるのを難しくさせています。従って最後におそらく議論を呼ぶようなある問いかけ、ある命題を1つ。成功したことを忘れるということ、とても素晴らしい驚くような成功を忘れるということのほうが、失敗したことを忘れるということよりも大切なのではないかと。そのように感じています。(おわり)

Special Thanks an Jilo und J.League Germany(Twitter: @jleagueDE).